おとうさんゲーマーのひとりごと。   面白レトロゲーム発見隊!

幼稚園の頃にプレイしたパックマンがきっかけで、ゲーム道をひた走ったおとうさんゲーマーです。ゲームは人生の一部!レトロゲームが中心ですが、マイナーだけど面白いゲームにもスポットをあてて、日々ひとりごとを綴っていきます。よろしくお願いいたします。

【雑談コーナー⑩】高校生の頃にハマったゲームについて【1989年から1992年初めまで】

 こんばんは、おとうさんゲーマーです。

 今回の雑談コーナーは、前回の中学生時代の続きです。高校進学を機に、僕は親元を離れて下宿生活を始めました。そのときにハマったゲームについて書いてみます。

 

親元を離れて

 父親の転勤で北海道に移り、のどかな環境で中学3年間を過ごしました。そして両親の意向に押し切られる感じで、僕は遠方の進学校に行くことになりました。1989年のことです。北海道はかなり広く、進学先は自宅から通学できる距離ではなかったので、下宿をすることになりました。中学転校の時もそうでしたが、いざ地元を離れるとなると寂しいものです。やはり親友と離れることが一番辛かったですね。親元を離れて暮らすことへの不安もありました。高校に入学してしばらくは勉強や部活動に忙殺されてゲームから遠ざかりました。大好きなファミコンの「ウィザードリィ」がやりたくて禁断症状が出そうになったけど(笑)、下宿にはゲーム機は持ち込みませんでした。僕の人生で一番ストイックな時期だったと思います(笑)。そんな折、夏休みの帰省で実家に帰ることになり、電車の待ち時間を潰すために立ち寄ったデパートで運命的な出会いがあったのです。それが初代「ゲームボーイ」でした。少し前が誕生日で、少しだけお財布が暖かかった僕は衝動買いをしてしまいました。「テトリス」と共に。さらばストイックな日々よ。

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ゲーム熱再燃。思い出すはコインランドリーの音。

 帰省の電車の中でプレイしたゲームボーイの「テトリス」は、僕のゲーム熱を再燃させるに十分な面白さでした。言わずもがな落ち物パズルゲームの先駆者です。「テトリス」はゲームボーイ本体の売り上げをけん引した功労者としても知られています。任天堂セガが「テトリス」の使用権利を巡って色々あった「テトリス事件」なんかもありましたね。一度火が付いたゲーム熱は、僕をゲームの世界に連れ戻すことになり、順当に(笑)「上海」「魔界塔士Sa・Ga」を購入し、ゲームボーイは手放せない相棒になったのです。いまも初代ゲームボーイが実家にありますが、30年近く時が経過してもちゃんと動きます。起動時のピキーンという音を聞くと、一瞬で高校時代の思い出が蘇ります。当時、洗濯は週に1度のコインランドリーでしたが、洗濯物が乾くまでの間、いつもコインランドリーでゲームボーイをプレイしていました。ガタゴトという洗濯機の音が懐かしいです。話は戻りますが、ゲームボーイ初のRPGだった「魔界塔士Sa・Ga」はとても印象に残っています。自分の手のひらの中にRPGの世界が広がっていることが当時は夢のように思えました。経験値やレベルがない代わりに、敵を倒した後に出てくる肉を食べて変化したり、突然変異で成長したりとランダム性の強い内容でしたが、新鮮で楽しい作品でした。今に続くサガシリーズの1作目でもあります。30年近くたってもファンに支えられているのは凄いです。

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PCエンジンに手を出す

 中学2年の頃に、僕はPCエンジンを購入していました。ゲームセンターでプレイした「R-TYPE」が引き金です。何としてもノーコンティニューでクリアしたいという思いで、貯めた小遣い全てを使ってハドソンから発売されたPCエンジン版「R-TYPE」を買ったのを憶えています。以前雑談コーナーの「今でも大切に持っているゲームソフト達」で書きましたが、PCエンジン版の再現度はとても高く、家トレ(笑)のおかげで無事ゲームセンターでノーコンティニューを達成することができました。それ以降、家で眠っていたPCエンジンでしたが、ゲームボーイで再燃した僕は、高2の帰省時に下宿に持ち込んでしまうのです。下宿前のバス停から30分ほど行ったところに、今はほとんどなくなってしまった「ファミコンショップ」があり、発売から3年程経過したPCエンジンは中古ソフトも充実していました。お小遣い事情で、買ってクリアしてすぐに売って、次の購入資金に充てるということをしていました。はるばる遠方の進学校に行って一体何をやっているのやら(汗)。当時のゲームの最先端はゲームセンターのアーケードゲームで、「源平討魔伝」「オーダイン」「スプラッターハウス」等、ナムコアーケードゲームの花形選手がPCエンジンに次々と移植されるのがたまらなかったです。おかげでどんどん成績が落ちていきました。

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下宿を引っ越し待っていたのは

 クラスで仲良くしていた友達(下宿暮らし、ゲーム好き)に誘われて、一度だけ下宿を引っ越しました。高校の周辺には下宿業を生業にしていた家庭がたくさんありました。引っ越した先には友達が住んでいましたが、他の住人達も負けず劣らず変わっていて、おまけにゲーム好きでした。違う高校や、大学生も入り混じって深夜までゲーム大会です。次の進路を決めていかなくてはいけない高校2年生の大切な時期を、僕はゲームで過ごしていました。ファミコンの「ファイナルファンタジー3」がその時に一番ハマったゲームです。「ファイナルファンタジー3」といえば画期的なジョブシステムですが、セーブポイントが一切ないラストダンジョンは2時間以上を要し、そのゲームバランスは語り草になっています。ニンテンドーDSでも「ファイナルファンタジー3」のリメイクが発売され、バランス調整された良作でしたが、下宿でみんなでプレイしたファミコン版こそが、僕にとっての「ファイナルファンタジー3」です。ちなみに下宿の住人は同年に発売された「ドラゴンクエスト4」を買うために、深夜から連れ立って他市のデパートに並びました。北海道の冬は厳しい。無事にゲットし意気揚々と帰ってきた住人の鼻と耳が真っ赤になっていたのを思い出します。

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受験そして関西へ

 さすがに高3になり、当初の目的だった大学受験に本腰を入れ始めます。時すでに遅しという感じもしますが(汗)、なんとか第2志望の大学に縁があって合格、生まれ故郷の近く関西地方に移り住むことになりました。受験時は父親と一緒に関西に宿をとりました。父親と二人きりで旅をしたのはこれが初めてですね。受験が終わり、行きたいところはないかと聞かれ、選んだのが大阪の日本橋(笑)。関東でいう秋葉原です。当時はPCエンジンDUOが発売されていて、ファミコンが終焉期を迎えていました。すでにスーパーファミコンが発売されていましたが、受験の為全く触ったことがありません。初めて日本橋で体験しました。後に大学の合格祝いとして、自分で買ったのがスーパーファミコン本体と「ゼルダの伝説神々のトライフォース」。スチャダラパーの曲に乗せて踊りまくるコマーシャルが話題になりました。大学にいくまでの春休みをゼルダ三昧で過ごしました。ドラゴンクエストの新作がスーパーファミコンで発売されるかもしれないと報じられていて、否が応でも気持ちが盛り上がります。高校時は禁止だったアルバイトを始め、大学1年で「ドラゴンクエスト5」を購入することになるのです。順当に(またかよ)PCエンジンDUOを買い、「天外魔境Ⅱ」等、僕のゲームライフはまだまだ続きます(笑)。その話はまだ次の雑談コーナーで書いてみようと思います。

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